大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 平成元年(ヨ)180号 決定

当事者

別紙当事者目録記載のとおり

主文

債権者らが、いずれも平成元年一〇月一日以降債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

債務者は、別表債権者氏名欄記載の各債権者に対し、それぞれ平成元年一〇月一日から本案判決言渡しもしくは同表定年時期欄記載の各定年時期のいずれかが到来するまで、一か月につき同表認容金額欄記載の各金員を翌月一〇日限り仮に支払え。

申請費用は、債務者の負担とする。

事実及び理由

一  債権者らは、主文第一、第三項と同旨及び「債務者は、別表(略)債権者氏名欄記載の各債権者に対し、それぞれ平成元年一〇月一日から本案判決確定または同表定年時期欄記載の各定年時期のいずれかが到来するまで、一か月につき同表請求金額欄記載の各金員を仮に支払え。」との裁判を求め、債務者は、「本件仮処分申請を却下する。申請費用は債権者らの負担とする。」との裁判を求めた。

二  当事者双方の主張の要点は、債務者が、各債権者に対し、それぞれ平成元年八月二七日付でなした同年九月末日の経過をもって各債権者を雇止めにする旨の意思表示(以下「本件雇止め」という。)の効力をめぐり、債権者らは、右両者間の各雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)はいずれも期間の定めのないものであるから、本件雇止めには解雇の法理が類推適用されるべきところ、本件雇止めは何ら合理性がなく解雇権の濫用であるから無効であるというのに対し、債務者は、本件雇用契約が、債権者主張のとおり仮に期間の定めのないものであって、これに解雇の法理が類推適用されるとしても、債務者においては、当時債権者らが勤務していた「クラブすぎのい」の慢性的赤字体質からこれを閉鎖せざるを得ない状況下にあり、このことは債権者らが所属する杉乃井ホテル労働組合(以下「組合」という。)の了承も得ていたが、閉鎖後における雇用継続、配転について具体的な協力を得ることができなかったところ、債権者らは、債務者が平成元年七月六日付でなした同月七日以降の「クラブすぎのい」の閉鎖通知並びに債権者ら全員に対する料飲課への配転命令(以下、右配転命令を「本件業務命令」という。)に従わず、同月七日以降も「クラブすぎのい」を自主営業するなど右業務命令に違反し、さらに債務者が債権者らに通知した平成元年八月二七日開催予定の閉鎖後の雇用等に関する説明会にも出席しなかったので、債務者は、債権者らに就労意思はないものと認めて本件雇止めをしたものであって、本件雇止めには右のとおり合理的理由が存するのでもとより有効である。また、債務者は、債権者らに対し、「クラブすぎのい」閉鎖後においても、従前どおり「ホステス業」に従事させるという保証はないものの、再雇用して従前と同じ基本給を確保する途を講じてきており、これは現在においても変らず、このことは債権者らも十分知っており、したがって債権者らがその気になりさえすれば、従前と同じ基本給を得ることができるのであるから、この点において、本件仮処分(賃金仮払)の必要性は存在しない(なお、債務者は、平成元年一〇月三〇日付準備書面で、債務者が同月一一日になしたロックアウトにより、同日以降債権者らは賃金請求権を有しなくなった旨の予備的主張をなすに至ったが、右主張は、いたずらに審理の範囲を拡げるものであり、仮処分の迅速性に反するうえ、本件審理の経過に鑑みると、債務者らが右主張をするのは、時機に遅れて許されないというべきであるから、右主張については採用しない。)というにある。

三  よって按ずるに、当裁判所は、本件疎明資料から認められる債権者らの勤務年数、反復継続されてきた雇用契約、ホステス就業規則に基づく五〇歳定年、一定の条件下における年次有給休暇、昇給、退職慰労金の各制度の存在及びなによりも債務者が債権者らを業務命令違反など実質的解雇事由ともいうべき理由をもって本件雇止めをしていることに照らすと、本件雇用契約は雇用期間の定めのないものと解するのが相当であると思料する。

そうすれば、本件雇止めについては、解雇の法理をもってその合理性の有無を判断するのが相当であるところ、本件疎明資料によれば、本件雇止めに至る経緯として、次の事実を認めることができる。

すなわち、債権者らが勤務していた「クラブすぎのい」は、かねてから債務者の不採算部門としてホステスの人員削減等の方法で数次にわたりその営業改善が図られてきたところ、債務者は、さらに昭和六四年一一月四日「クラブ課を廃止する。同クラブの現行営業形態を宿泊客用の二次会場及び宿泊客・外来客用多目的賃貸ホールとする、男子三名は料飲課に統合し、債権者らホステスは宴会課に常用パートとして再採用する。」旨の経営改善提案を行ってきたが、債務者と債権者らが組織するクラブ杉乃井労働組合との間で昭和五七年一一月三〇日に締結されたホステス労働協約に、ホステスの職場もしくは職種の変更には事前に組合を交えて協議することが定められていたことや、さらに債務者と組合との間で締結された昭和六〇年四月二八日付の協定書において、職場の統廃合、組合員の解雇及び配置転換等に関する事項については事前協議をする旨合意されていたこともあって、その後、債務者と組合は、昭和六三年一二月一七日に、職場統合及び「クラブすぎのい」の閉鎖問題につき事前協議することを再度確認し、これを受けて同月二九日には、「クラブすぎのい」の閉鎖問題につき協議し、同クラブを閉鎖することを目標に、ホステスのうち一六名については各職場に配置転換を行い、その余のホステスについては「クラブすぎのい」の営業形態の変更に合わせてその取扱いを決定する旨合意したこと、これを受けて、組合は、ホステスの定年を四七歳に切り下げ、これを超える年齢の者を右対象者として選択する案を債務者に伝えたこと、これに対し、債務者は、平成元年一月二四日開催の労使協議会において、かねて組合に要請していた客宴課統合と絡めてこの際一気に解決するということでホステス全員を客宴課に配転することを提案したが、組合からは、右提案は客宴課のメイドの反対があるので受け入れられないと反対され(客宴課のメイドが反対していることは債務者も十分知っていた。)、結局実現しなかったこと、しかしながらその後は、同クラブ閉鎖問題とは直接関係のない「四人の次長間題」や「野口、大塚問題」が尾を引き、同クラブ閉鎖の問題については何ら実質的な協議に入ることなく、債務者は、平成元年一月三〇日、特に明確な説明をすることもなく同年二月一〇日支給分(一般従業員は二月五日)の一月分給与につき遅配・分割払にすることに対する協力要請方を組合に求め、現に右給与を遅配・分割払にし、その後も度々遅配してきたが、同年三月一四日には従業員二一五名の削減という合理化案を提示し、さらに同年五月八日には、前記昭和六三年一二月一七日や同月二九日の協定を含めて全ての労働協約を廃棄する旨組合に通告し、併せて右合理化案の実現として二一五名の希望退職者の募集を組合に申し入れたうえ、同年五月と六月にそれぞれ全従業員に対し希望退職者を募集する一方、同年六月四日には「クラブすぎのい」の営業形態の変更やホステスの配置転換の問題について何ら解決案を見ないまま同クラブの閉鎖を決定し、翌五日に翌六日からこれを実施する旨各従業員に通告したこと、これに反発した組合が労使間で協議を尽くすよう求めたが、債務者はこれに応じなかったため、債権者らはやむなく同クラブの自主営業を続けていたところ、同年七月六日、債務者は債権者らに対し、改めて翌七日から同クラブを閉店とする、債権者らを同日以降料飲課の所属とし、出勤場所を西館二階パントリー奥とする旨の業務命令を発し、併せて右業務命令に従わない場合は自宅待機とする旨通告したが、債権者らがいずれも右業務命令に従わなかったため、同年七月一五日、同月一七日から同月二二日までは出勤停止の、翌二三日から同年九月三〇日までは自宅待機の各処分を受けたこと、同年八月二四日ころ、債権者らは債務者から、同月二七日に「クラブすぎのい」の閉鎖に伴う債権者らの地位に関する今後の問題につき債務者の方針を説明するので出席されたい旨の通知を受けたが、債権者は組合の意向もあって、いずれも右説明会に出席しなかったところ、債務者から、会社の経営方針に従って勤務する意思がないものと認める、との理由をもって、同年八月二七日付書面で本件雇止めを受けたというものである。

右認定事実によれば、本件雇止めは、債務者が平成元年六月四日に決定した「クラブすぎのい」の閉鎖に伴う一連の流れの終着点において生起したものとして捉えるべきものと解するのが相当であるところ、右閉鎖決定が、クラブ閉鎖後における営業形態の変更や債権者らホステスに対する配転等の具体的な合理化案について何ら解決を見ないままなされたものであり、右解決を見なかったことについて組合や債権者らに責に帰すべき特段の事情も見いだし得ない以上、債務者は、前示昭和六三年一二月二九日付協定に違反して右閉鎖決定をなしたものといわざるを得ない。もっとも、右協定によれば、同クラブの閉鎖は、右具体的合理化案の前提事項として組合との間に合意が成立していたといえなくもないが、それとてもやはり右具体的合理化案の決定手続及びその内容との関連において認められるべきものであると解するのが相当であるから、右閉鎖自体についての合意の成立のみを抽出して、右決定を正当化することはできない。

そうすれは、これに続く本件業務命令も、右具体的合理化案として決定された新営業形態や配置転換に基づくものではなく、単にその閉鎖を決定してこれを実施し、全ての債権者らホステスを強引に料飲課へ所属させようとしたに過ぎないものであるというべきであるから、右昭和六三年一二月二九日付協定に違反したものというべきである。そうすると、それに続く自主営業中止並びに本件業務命令違反を理由とする出勤停止及び自宅待機の各処分、ひいては自宅待機中の説明会への欠席をもって、債権者らに就労の意思なしとしてなした本件雇止めは、いずれも著しく不合理であり、社会通念上相当として是認できないというべきであるから、本件雇止めは、解雇権の濫用として無効であるといわざるを得ない。

そこで、進んで保全の必要性について検討するに、本件疎明資料によれば、債権者は、それぞれその家族構成、働き手の有無等により生活の困窮度に多少の差異はあるものの、いずれも債務者から当月分を翌月一〇日に支給される給与をもって生計を維持しているものであり、昨今における諸物価の高騰や住宅事情の変化(自宅所有の願望)等の諸事情を勘案すれば、債権者らは支給される給与の大部分を生計維持のために費消していると認められるので、各債権者に対する賃金仮払の必要性も認められるが、その額については、前記認定のとおり債権者らが従前どおりホステスとして稼働し得る可能性が殆どないことに照らせば、これを過去三か月の平均給与に求めるよりも、各債権者の基本日給額に一か月の稼働日数二六日を乗じて算出するのが相当であると認められるところ、別表債権者番号六、一〇、一一、二〇、二一、二四、二五、二七、二九、三六の各債権者については、右数式で算出した金額よりも過去三か月の平均給与額の方が低額であるので、右各債権者については右平均給与額をもって仮払賃金額とする。

債務者は、現在においても、債権者らに対し従前と同じ基本給を保証する途を講じているから、賃金仮払の必要性は存在しないと主張するが、審尋の全趣旨によれば、右は、債権者らに本件雇止めの効力を認めさせたうえ、債務者の関連会社である株式会社杉乃井サービスに再雇用するというものであるから、本件雇止めの無効を前提とする本件仮処分においては、右事情が存在するとしてもこれをもって賃金仮払の必要性を阻却するものではない。

四  以上によれば、債権者らの本件仮処分申請は、いずれも理由があるので、保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 最上侃二 裁判官 楠本新 裁判官 和田好史)

当事者目録

債権者 佐藤孝子

(ほか二〇名)

債権者ら代理人弁護士 柴田圭一

同 清源敏孝

同 吉田孝美

同 岡村正淳

同 河野善一郎

同 西田収

同 安東正美

同 神本博志

同 中山敬三

同 佐川京子

同 古田邦夫

同 指原幸一

同 河野聡

債務者 株式会社杉乃井ホテル

右代表者代表取締役 石田清

同 渡邉辰文

債務者代理人弁護士 内田健

同 河野浩

同 岩崎哲朗

同 古庄玄知

同 三井嘉雄

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例